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Qlipon:ちゅう
中華料理店の回転テーブルは目黒雅叙園で始まって、華僑によって世界に広められた 【文化】ジャポニスム【世界の中の日本】スレのまとめ 茶道の起源は日本か中国か?(part12スレ) (via hresvelgr) (via takaakik) (via ak47) (via takaakik) (via fyfyfy) (via fukumatsu) (via amaisaeta) (via otsune) (via subdub) (via uessai-text) (via handa)

とある人が言っていたこと。

婚活パーティに来る人に恋人がいないように、
異業種交流会に来る人は仕事がない。
仕事がない人同士が会っても悲劇しか生まれない。
なんで、そんな会に行く必要なはい。

極論だけどおもろいなあ。

きっと俺はミュージシャン : 婚活パーティと異業種交流会 (via suchi)
よく言われる話だけど、女性が綺麗で可愛くいる為には非常に手間も金もかかる。だからデートで男がおごる動機は「今日も綺麗だぜ、ありがとう、お疲れ様」っていう感謝と労いによるものであるべき。大抵の男はデートに来るまで交通費+αくらいだろうけど、女性のイニシャルコストには敬意を払いたいもんだ。自分の財布が許す限りは よく言われる話だけど、女性が綺麗で可愛くいる為には非常に手間も金もかかる。だから… by いぬやまねこ - Wassr [お気軽メッセージングハブ・ワッサー] (via suchi)

オイラにはよくわからない、理解できない人がいます。

それは人を叱責する際に「やる気があるのかっ!?」って言う人。

オイラはこういうことを言う人のことも気持ちもさっぱりわからない。

だって、これ、どっちにころんでもBAD ENDの選択肢ですよね。

「やる気あるのかっ!?」→「やる気あります」→「じゃあ、なんで出来ねぇんだよ!!」→BAD END

「やる気あるのかっ!?」→「やる気ないです」→「じゃあ、辞めちまえっ!!!!」→BAD END

ね?

どっちを選択してもBAD ENDにしかならない選択肢を投げかける人の精神構造がオイラにはさっぱりわかりません。

だって、オイラからすれば、それは「やる気あるのかっ!?」という質問を投げかける人のマネジメント能力が決定的に不足してんじゃないですか? と思うから。

「やる気あるのかっ!?」って言葉からわかると思いますが、この台詞を言ってる人は仕事を他の人に投げているわけです。頼んでいるわけです。

で、その頼んだ仕事に内容が達していなかったから「やる気あるのかっ!?」って言葉が出てくるわけです。

でも、ですよ?

その人は頼んだ仕事に対して具体的な条件、詳細な仕様をきちんと相手に伝えたのでしょうか?

頼まれた方から質疑があったとき、きちんと回答してるでしょうか?

条件、仕様について「お前が考えろよ」と丸投げしてはいないでしょうか?

頼まれた方からすれば限られた作業時間で出来るだけの作業をしてるのに「やる気あるのかっ!?」って言われても、「いやいや、アンタ条件も仕様も質疑も何も答えなかったじゃん?」って答えるしかないんですけどねぇ。

取り合えずの結論は「やる気あるのかっ!?」っていう台詞を吐く人間にはまともな人間はいないです。

「やる気あるのかっ!?」と叱責する前に、己はきちんと相手に条件と仕様を説明し、質疑にきちんと答えたか自問自答した方がいいと思います。

丸投げ作業に「やる気あるのかっ!?」って言われても、ね?

条件も仕様もわからない、質疑をあげても説明もしてくれない仕事にやる気なんか出るわけないです。

「やる気あるのかっ!?」って台詞は無能の証拠。 - 続ドクバリニッキ (via petapeta) (via yaruo) (via peckori) (via johnnys) (via ljmp) (via sakito) (via otsune)
息子(幼児)が肛門に指を突っ込みながら「おかあさん!こんなところに穴が開いてるよ!どうしようどうしよう」と号泣してた。またひとつ学んだようだ。 Twitter / おろちょん (via duck75) (via jumitaka) (via sukoyaka)
「質問はわからない人がするものではない。よくわかっているからこそ、質問が出来るのである」

「わからない人は質問して下さい」という問いは本当に意味があるか? - tate-lab (via usaginobike) (via ssbt)

その通り。

(via somethingfunny)

吉野家フリークスの間でよく話題にのぼる謎の第1位は、なぜ吉野家は券売機を置かないか、である。同業他社や立ち食いそば屋の大半が券売機を設置しているのに、吉野家にはなぜか券売機がない。

前回見た通り、吉野家が厳しい効率性の追求で高い回転率を実現していることを考えると、券売機を置かないのも、当然、効率性追求の一環と想像できる。

巷に流布している定説は、機会損失防止説だ。券売機は通常、ドア付近に設置される。すると、昼のピーク時に券売機の前に行列ができ、その列が店の外まで溢れることになりかねない。それを見た人は、店が込んでいると勘違いして別の店に行ってしまう。券売機を使わなければ、このような券売機渋滞ができないから、機会損失がなくなる。

この定説を、安部社長に直接ぶつけてみる、千載一遇のチャンスである。

「いやいや、券売機を置いたほうが作業の繁雑性ははるかに小さくなるから、労働生産性を徹底的に追求しているわれわれとしては、本来、券売機は必然の道具です。しかし、非常に矛盾に満ちたことではあるけれど、券売機を置かないことで大事にしたいことがあるんですよ」

安部社長は、券売機を置くと「ご注文は何にいたしますか」という接客用語が、ひとつ減ってしまうという。そして、代金の受け渡しという接客行為もひとつ減る。それゆえ、券売機を置かないというのだ。なんとも情緒的な回答である。

「文化人の方々は、吉野家は無機質このうえないとおっしゃるわけですが、築地で生まれた吉野家には、伝統的に醸し出してきたひとつの文化があると思うんです。券売機を置かないのは、その文化を、収益が許す限り大事にしていきたいというメッセージでもあるんです」

なぜ、「券売機」を置かないのか:吉野家式会計学(3) | 社長の仕事術 (via jinakanishi)
2008-12-18 (via gkojay) (via pdl2h) (via iyoda) (via otsune)